慈愛

えいじくんのいない日曜日が来ました。

 

遅くなりましたがいのおさん、そし誰お疲れ様でした〜!迫真の演技でババアは泣いております!もうすごい以外に何も言える事はない!本当にかっこよかったよ。謎解きとかサスペンスとかじゃなくてもう「一度見てみたい伊野尾慧」をギュギュッと詰め込んだ感じでしたね。見たことないいのおさんばっかりで本当に息の仕方が分からなかった。CM久しぶりにいい仕事してくれた、ありがとう。こういうドラマめちゃくちゃすきなんで終わってからもドラマに入り込んじゃうんですよね。えいじくんは最後どういう感情で死んだのか、20年どういう気持ちで生きてきたのか、なぜパーソナルナンバーを売ろうと思ったのか、なぜ「日下瑛治」という名前をつけたのか。全て明らかになるどころかもう謎だらけですよ。最後のシーンの三つの石はお墓を表しているみたいだけど、えいじくんは本当に死んだの?新一は「相当な出血量」と言っていたけれど、じゃあなぜえいじくんのカーディガンだけが残って血跡がないの?ただ愛して欲しかっただけなのに、実の母親に刺されて最初の最後に抱きしめられたのが死ぬときだったなんて可哀想が過ぎる。もうえいじくん家に来て欲しい、毎日抱きしめてあげたい。毎晩嫌なこと全部忘れるかのようにめちゃくちゃに抱いて欲しい。ちょっと話がそれましたが、やはり一番気になるのは「えいじくんはどこへ行ったのか」です。どこで死んでいったのか、死ぬときはここで死にたいと決めていたところがあったのか?それともまだひっそりと違う名前で生きているのか。もし死んでしまったのだとしたら、最後も一人ぼっちで死んだなんて悲しすぎるよ。でもお母さんにかけたカーディガンは「少しでも母からの愛を感じられた」のだと勝手に思い込んでおきたい。

えいじくんと新一がまだバーテンダーと客という関係のときに新一に言った「素敵なお母さんですね」これはどういう気持ちで言ったのだろうか。嫉妬、憎み、恨み、憧れ、羨ましい気持ちが入り混じっていたのかな。もし自分がえいじくんの立場だったらと考えるとやっぱり羨ましい気持ちと「なんで」っていう気持ちが湧き出てきます。6才という幼さで、再婚相手との間にできた子供に「私の息子は新一だけ」なんて言ってる母親を見てしまったらショックなんてものじゃないよね。これ以上ないくらい悲しかったと思うし、実の母親のことをもう信じられなくなったんだよね。26歳になった頃には人を殺すことにも抵抗がなくなってしまったんだよね。

そしてこれも、えいじくんが新一に言った「寂しい奴って簡単だよな、ちょっと優しくすれば命まで投げ出してくれるんだから」という言葉。監督さんがTwitterで自分のことを言っているのかもしれませんと言っていました。えいじくんが自分のことを「寂しい奴」と思っていたのだったら、寂しい思いをさせないように施設に入れた母親はどんな気持ちなのだろう。でも万紀子は新一を選んだ。さおりちゃんへの「好きだよ」も嘘だったのでしょうか?「好きだからこういうことはいいかげんにしたくない」この言葉は本心なのだと信じたい。さおりちゃんがビルから落ちて死んでしまうとき「やったねえいじ」と言っていたのに。「さおりちゃんは?」と聞かれて「ビルから落ちてぐちゃぐちゃだって」って笑いながら言うなんて、そんな悲しいことないよ。今までの全てが嘘だったなんて信じられない。嘘の中にもえいじくんの夢だったり期待が紛れていたんじゃないだろうか。そして「刺せよ、刺せって、刺せよ!」という言葉が「愛してよ」の裏返しなんじゃないかと思うと新一はえいじくんの気持ちに気が付かなかったの?と思ってしまう。えいじくんが新一を騙していたのは事実だけど、一緒に居たことも事実だ。どこかで何かが違ったらえいじくんの心を救っていたかもしれないのに。

終わってからこんなことばかり思ってしまいますが、えいじくんの学生時代から大人になっていくまでに何があったのか知りたい。ちょっとマジでえいじくんのアナザーストーリー作って欲しいです。監督さん、よろしくお願いします(一礼)。